これは、私がまだ、鍵の技術を修行中だった頃の話です。
ある日、修行先だった鍵屋に、安否確認の為に鍵を開けて欲しいと言う一本の電話がありました。
その頃私は、毎日指の皮が破れ、血が滲み、貼ってあった絆創膏が赤くなるまでピッキングの練習をしていました。
その甲斐あって、依頼の電話が来たときには、もうかなりの種類の鍵を開けれるようになっていました。
そこで、その現場には、私が一人で行くことになりました。
結果から先にお伝えしましと、かなり時間を掛けて、鍵を開けたところ、中の人はもうすでに亡くなられていました。
突然死だったようです。
そしてそれは、私にとって初めての、中で人が亡くなっている現場でした。
こうして、その現場には、私一人で行くことになりました。
現場は、福岡市南区内の古いアパートの立ち並ぶ場所でした。
そのうちの一軒、○○荘の二階の一室が、今回の現場でした。
現場には、その家にお住まいの人が勤めておられる会社の社長と、アパートを管理している不動産会社の担当者がおられました。
いざ、ピッキングを始めたのですが、その鍵は、なかなか開きません。
同じメーカーの同じタイプの鍵穴でも、中のピンの配列により、すぐに開くものと、開けるのに時間のかかるものが存在します。
また、鍵穴の内部が汚れていたりして、ピンの動きが悪かったりすると、開きにくいこともあります。
そのアパートに付いていた鍵は、もともと、難しめのものだったのもありますが、まだ、修行中で、今ほど技術を体得出来ていないなかった事も手伝って、一生懸命ピッキングをするものの、全然開きませんでした。
修行を初めてからその時まで、幾度となく安否確認の鍵開け依頼へ行ってました。
が、その都度中には誰もいませんでした。
一度などは、マンションの管理人さんや住人の方々から
「先日から、その部屋の住人の姿を、突然見かけなくなったのです。
そして、その部屋から異臭がするので、鍵を開けて安否確認をしたいのです。
・・・おそらく亡くなっていると思いますので」
と言う、絶対に人が亡くなっているであろうと思われる現場もありました。
その時は、非常に焦りました。
が、その現場も、鍵を開けてみると、中には誰もいませんでした。
中はもぬけの殻で、どうやら夜逃げをしたようでした。
異臭の原因はなんだったかと言うと、そこに残された生ゴミでした。
色々と経験をして、後になってわかった事は、人間が亡くなって腐っていると、生ゴミが腐ったような程度の臭いでは済みません。
なので、その現場は確かに多少臭かったのですが、臭いからすると、中で人が亡くなっている可能性はほとんどなく、焦る必要はなかったのですが、その時はまだ経験が浅く、その事を知らなかったので、焦ってしまいました。
このように、何度も安否確認へ行きましたが、その都度何もなかったので、今回も何もないだろうと思いました。
まして、その現場は何の臭いもしません。
そこで、
(鍵開けに時間が掛かっても大丈夫だろう。
練習の一環と捉え、集中して鍵開けをしよう。)
と思い、焦らず、鍵を開ける事に集中しました。
このように、経験のためと思って、一生懸命ピッキングをしました。
毎日のピッキングの練習で、指の皮が、出来ては破れ、出来ては破れしていました。
その日も、一生懸命ピッキングをしていると、ついに皮が破れ、絆創膏が赤く滲んで来ました。
痛みを堪えながら必死でピッキングを続けましたが、なかなか開きません。
誰か、別の人を呼んで、開けてもらったら良いのですが、詳しくは書きませんが、私が修行をしたその鍵屋では、鍵を開けることが出来ずヘルプを呼ぶ事になると、ちょっとした罰則がありました。
そんな事よりも、ヘルプを呼んでしまうと、なぜ開けれなかったのかと自分自身を責め、とてつもなく大きな敗北感に襲われてしまいます。
それが嫌で、その日はヘルプを呼ばず、汗だくになりながら、痛みを堪え一生懸命ピッキングを続けました。
が、どれほど長い時間必死で頑張っても鍵は開きません。
そこでやむなく、自分に鍵開けを教えてくれた人を、ヘルプで呼びました。
その人が現場に来て、バトンタッチをしました。
が、その人がいくらピッキングをしても、結局は、鍵を開ける事が出来ませんでした。
そこで、ご依頼主様の
「中の人のことが心配なので、鍵穴を壊して頂いて良いので、とにかく開けてください」
と言うご意向で、鍵穴を破壊開錠しました。
そのドアノブは、破壊には弱いタイプでしたので、ドリルを入れると、一瞬で開きました。
こうして時間が掛かりましたが、ようやく鍵を開ける事が出来ました。
玄関を開けると、奥の居間にちゃぶ台が見えました。
そしてその脇の壁にもたれかかるようにして男性があぐらをかいて座っていました。
その男性は左手には茶碗を、右手には箸を持っておられました。
中に確認に入った不動産業者の担当者さんが、首を横に振りながら出てきました。
どうやら、ご飯を食べながら、突然亡くなってしまったようです。
中から出て来た担当者さんは、首を横に振りながら、脈がないとポツリと言いました。
人が亡くなっていると言う事で、まずは警察へ通報せねばなりません。
その後、最終的な生死の確認は、必ず医師によって行われなければならないようで、救急車が呼ばれます。
こうして、一気に現場は物々しくなりました。
今回お話したケースの場合、亡くなられた方が、日頃の勤務態度がかなり良かったと言う事で、
「今まで一度も無断欠勤や、遅刻をしたことがない人だったので、とても心配で見に来たのです」
と、社長が自らが、連絡が取れないとわかると、すぐに来られました。
が、色々と経験を積んでいくうち、違うケースもありました。
日頃の勤務態度が悪く、遅刻や欠勤が当たり前だった人の場合です。
そう言った人のところへは、誰も見に行きません。
欠勤が随分と続いた後になってようやく、その人の勤めていた会社の担当者様から
「うちの社員と連絡が取れないので、鍵を開けてくれ」
と連絡が来ます。
そう言ったケースの場合、現場に行くとだいたい
「多分夜逃げでもしてるんじゃないかと思うんですよね。
でも一応確認しとかないといけないので、鍵だけ開けてもらえますか」
とおっしゃられます。
そして、ほとんど十中八九、実際に夜逃げしたり、行方をくらませたりされています。
もちろん、実際に倒れているケースも中にはありました。
家族みんなで暮らしていたり、同居している人がいる場合は良いのですが、特に独身で親元を離れ一人暮らしをしていたり、単身赴任されている方の場合、何かあったとき、すぐに来てもらえるかどうかは、日頃の態度で決まると言っても過言ではないと思います。
もし万が一、突然の病で倒れたら・・・
すぐに来てもらえなければ、助かるものも助かりません。
日頃の生活態度について、お互いもう一度考えてみる必要がありそうです。
余談ではありますが、今回お話したケースを経験して、鍵開けに時間がかかりそうな時は、ご依頼主様へ、破壊開錠をしてでもすぐに開ける必要があるか、時間がかかってもなるべく壊さずに開けるかのどちらかを、選んでいただく必要があると勉強になりました。
このケース以降は何度か、倒れている方の救出に貢献出来、感謝されたりもしましたが、すで亡くなっている場合も多く、本音を言えば、安否確認と犯人逮捕の案件は避けれるものなら避けたいですね。
とは言え、頂いたお仕事は、お受けした以上はプロとして、どんな内容でもしっかりと行います。